起業家たち

島根県は、人口減少や少子高齢化などの社会問題に全国で最も早く直面した「先進県」。日本の未来予想図ともいえる地域で、なぜ起業家たちは、自ら事業を興して“社長”になったのか―。

フレアー体操クラブ

古川 絵里香 代表

スポーツビジネス・松江市/大社高OG

体操のオリンピック選手を 育てたい

2016年の年末に自らの体操教室を思い立ち、17年春に開校。わずか数か月で準備した原動力は「島根からオリンピック選手を育てたい」という夢をかなえるため、年齢が若いうちに行動したからだ。 小学生の頃から社会人になっても、体操競技を続けた。高校総体、インカレ、国体、全日本シニア選手権…。国内屈指の大会に出場する中で、強豪選手の競技力の高さ、優れた指導法を肌で感じてきた。 一方、ふるさとは恵まれた環境とは言えず、競技人口や指導体制、設備は限られる。仕事や母校での指導の傍ら、金融機関からの融資を取り付け、教室にする空き倉庫を見つけ、ネットオークションで中古の体操器具をそろえた。 開校から1年を待たず、幼児と児童のコースは複数の曜日で定員に達した。「体操をやりたい子は多い」と競技のすそ野拡大に手応えを感じる。競技力向上を軸に据える育成コースも用意して竹本正男さん、上迫忠夫さん(ともにメダリストで故人、浜田市出身)の2人に続く、有望な子どもを発掘していく考えだ。

㈱サクラサクセス

岩田 佳晃 社長

教育ビジネス・松江市/松江東高OB

教育サービスの 地域格差を解消したい

学生時代、アルバイトで学習塾講師をしていた流れで、そのまま学習塾に就職した。「いずれは起業しよう」。確固たる決意の裏には、勤務した都会地に比べ、ふるさとには学習塾が少なく、地域間の教育格差拡大につながりかねない現状があった。 子どもの頃は、勉強が大嫌いだったが、恩師との出会いで一念発起した経験がある。生まれて初めて、勉強で褒められた時、喜びとともに、やる気も湧いた。サクラサクセスが大切にする指導方針に「褒める」を据えた。 2010年に創業してから、展開する学習塾は山陰両県を中心に30カ所以上にまで増えた。指導法も個別と集団、都会地の予備校がインターネット経由で配信する講義中継など、生徒それぞれに合わせて効果的に学習できるようメニューをそろえた。 17年度は約1千人を公立高校や国公立大学などに送り出した。「地域の将来を担う子どもたちの夢を実現する手助けになれば」と、さらなる事業拡大を見据える。

合同会社 宮内舎

小倉 健太郎 CEO 

食品ビジネス・雲南市/松江南高OB

持続可能な社会をつくりたい

大学卒業後に就職した豆腐メーカーでは、大豆農家や消費者の顔ではなく、販路や売上などの数字を見る日々。生産者と消費者の顔が見え「ありがとう」と言い合える「小さな市場」に魅力を感じ、2013年に里山や棚田が広がる雲南市大東町へ飛び込んだ。 農家の減少と高齢化で田んぼや畑は荒れつつあった。儲かる農業があれば、農家のやる気を高めたり、後継者を育てたりでき、地域を守ることにつながると考えた。「小麦粉ではなく、米粉の麺を作りたい」。小麦アレルギーで麺類が食べられなかった妻の一言がきっかけで「玄米麺」を商品化した。 玄米麺は、妻と同じ悩みを持つ人たちや食材にこだわる飲食店、スーパーから感謝された。原料は無農薬・減農薬の米で、手間暇がかかる分だけ高く買い取ると農家にも喜ばれ、農業を始める若者も見つかった。 16年に会社設立。生産と販売の強化に加え、農家と消費者が直接交流するイベントなどのアイデアを練り、さらに地域を活気づけることで「持続可能な社会を目指す」。

㈱necco 

和田 裕子 社長

コミュニティビジネス・大田市/出雲高OG

島根らしさを 残したい

大田市職員として、まちづくりや産業振興に携わる中で思った。「私はプレイヤーに向いている」。より主体的に地域おこしに取り組もうと2010年、地元産品にこだわったカフェのオーナーに転身した。 19歳で長女を出産。安定した収入と転勤の少なさを求めて故郷ではない市に入ったが、大田の人や産品、自然に魅了された。東京で売り込むと、産品の購入などを通じて応援の輪が広がり、思いは確信に変わった。 カフェを皮切りに、思いを共有する女子会仲間と15年に起業。市から運営を任された三瓶山麓の「山の駅さんべ(旧西の原レストハウス)」を拠点に食を軸にした事業を展開し、素朴な味を伝える「みそ造りキット」や産地ツアーなどが人気を呼ぶ。 ただ、塩やこうじ、つけものなど地域の逸品は、生産者の高齢化で風前のともしび。個人が守ってきた製法を住民グループに伝える仕組み作りを模索する。産品を受け継ぎつつ、人のつながりも広げることで「島根らしさを残したい」と挑戦を続ける。